【旅行記】幸せの国ブータンで幸せの秘訣を学んできた(総括編)

こんにちは、ゆいです。

先日、「幸せの国」ブータンに行って幸せの秘訣を学んできました。

国自体がまるで世界遺産のような独特の文化と空気感。

既存の価値観をぶっ壊される貴重な体験でした。

 

たとえば一例を挙げると…

・名字がない(「◯◯さん家」という概念がない)

・貯金ゼロでも将来の不安がない

・「将来設計」という概念がない

・みんな英語ペラペラ

・家に家族以外の人がいつも誰か住んでいる

・病気になったら病院より祈祷

・お墓がない

などなど、こちらの想定を軽く超えてくることばかりで、毎日驚きの連続でした。

現地の学校や寺院、民家などを訪問して感じた「ブータン人の幸せの秘訣」を紹介していきたいと思います!

 

目次

ブータンってどんな国?

ブータンは、国土のほとんどが標高2000m以上の山岳地帯。主要都市は大体標高2000m〜2400mにあります。(国全体の標高は100m〜7500mまであって、高低差が大きい国!)

山の中の空港の短い滑走路でも離着陸できるように、航空機は追加エンジンを搭載した特殊仕様。

着陸寸前の機内からの景色。山が機体にぶつかりそうなくらい近い!

ブータンの国旗を描いた機体

ブータンの空港内部。テーマパークのような世界観。

空港の外で出迎えてくれる現地ガイドさん。空港の入口も寺院のような立派な門。

空港近くの街並み。標高2000m越えてるので、雲が低い!

 

ブータンの最大の収益源は、高い山を活用した水力発電。主にインド向けに発電した電気を売って収入を得ています。

その次が観光収入。ブータンを旅行する際は、基本的にはブータン人のガイドと一緒に行動する必要があります(ガイドの金額も法定料金が定められています。)

旅行代金は、近隣のアジア諸国と比べると高いです。入国には、ドゥルック航空というブータンの国営の航空会社を使用。私が今回宿泊したホテルもおそらく一泊2万円程度(ホテルはツアー代金込みだったので内訳は不明。でも一泊2万円のホテルでも、お部屋によってはお湯が出ない(笑))

高級ホテルアマングループのホテルが狭いブータン国内だけで5つあったりして、富裕層や海外のセレブリティが訪問することも結構あるようです。

(余談ですが、「幸せの国ブータン」「GDPではなくGNH(国民総幸福量)No.1を目指す!」と打ち出して、独自のポジションを築いた第四代ブータン国王はマーケティングの天才ですね)

チベット仏教の教えがブータン人の生活の全ての土台

ブータンで驚いたのは、とにかく「チベット仏教の教えが、ブータン人の生活のすべてに染み込んでいる」こと。

例えば、みんな大前提として「輪廻転生」を信じています

今世でどれだけ徳を積めるか、良い行いをするかによって、来世で何に生まれ変わるかが決まる。輪廻転生が前提なので、お墓もありません。(人が亡くなったら、輪廻転生の手助けになるように白い旗を山に立てます)

山の斜面に所々見える白いのが、人が亡くなった時に建てる旗。輪廻転生を手助けするために、108本建てるのが習わしだったそうです(108だと多すぎるので今は減らされた)

白い旗アップ。これが山の至る所に建ってる。

 

そして、殺生をしない。

 

これが徹底しています。

国内で出てくるお肉は全て輸入品。魚釣りNG。野菜は完全無農薬。

オーガニック志向で健康意識が高いから、というよりは、単純に「農薬で虫を殺さないため」に農薬は不使用

当然、蚊もハエも殺さないし、花も摘みません。(家や建物に切り花が飾られていることはなく、植木鉢だったり造花だったりします)

「世界一辛い」と言われているブータン料理。左側の白っぽい料理は、ブータンの国民食「エマダツィ(唐辛子のチーズ煮込み)」優しそうな見た目に反して衝撃的に辛い。。

一般の民家にお邪魔してランチを頂いてきました。唐辛子煮込み、唐辛子のチーズ煮込み、刻み唐辛子….唐辛子まみれ(笑)味は美味しいです!

 

あらゆる生き物がとても大事にされています。野良犬にもエサをあげるし、牛が道路のど真ん中で寝ていても、車はクラクションすら鳴らさずに避けていきます。

街中や道路に、人がいるのと同じ感覚で犬や牛や馬が歩いてます。

動物たちは、危害を加えられない、大事にしてもらえることを知っているので、驚くほど穏やかな表情でのんびりしています。

人が歩いてる感覚で、その辺を牛が歩いている(なんなら道路の真ん中で寝てる)

道路でも民家でも学校でも寺でも、その辺に野良犬が寝てる。

学校の敷地内にいた犬たち。みんなが食事を終えた後、そっと建物内にご飯をもらいにくる(笑)

野良犬とは思えない穏やかな表情。ブータンの野良犬も牛も、みんなこんな感じの安心した穏やかな顔してて衝撃でした。

 

ブータンの野良犬は、表情が野良犬じゃない(笑)飼い犬のように警戒心がなく、愛らしい顔で近寄ってきます。犬は、「次に人間として生まれ変わる命」と信じられていて、とても大事にされています。

 

さらに、ブータンでは、街中のあらゆるところに仏教のお経が散りばめられています。

朝は民家からお経を唱える声が響いてきて目が覚めます。

道路にも、橋にも、学校にも、街中にも、チベット仏教のお経が書かれた旗が立っています。

これは、お経が風に乗って世界に広がることでご利益があると考えられているから。

学校の敷地内に掲げられた旗。ゾンカ語でお経の一節が記されている。

 

病気になったら、病院に行くよりも、寺院にお祈りに行く、徳の高いお坊さんに祈祷に来てもらう。ブータンの人曰く、祈ることで回復することも実際多いそうです(手術が必要な大病や大怪我はともかく、病院に行く場合でも、治療が上手くいくようにやはり祈ります)

 

自分ではなく、命あるものすべての幸せを祈る文化

チベット仏教の教えでもありますが、ブータンの人たちは、子どもの頃から、「自分のことではなく、生きているものすべてに対して祈りなさい」と学びます。

「自分自分」と自分の利益を考えるのではなく、他の人たちみんなの幸せを願う。「他の人の幸せを願う」という人々の在り方が、表情や行動から滲み出ていました。

どこからそれを感じたかというと、

人々の表情が本当に優しくて穏やか。

人はもちろん、野良犬や牛まで安心しきった穏やか表情と空気感。(さっきの写真の通り)

「尊重されて安心している命って、こんなに穏やかなんだな」というのが、ブータンの人や生き物たちに対しての感想でした。

学校で給食を食べる子どもたち。

学校でのランチタイム。人に対して警戒心がなく(シャイな子はいるけど)、人懐っこい。

 

そしてブータンの人たちは、「他の人が今何を求めているか」を察知して行動する能力がすごく高い!というのが、私が感じた新鮮な驚きでした。

飲食店で厨房の中を覗き込んでいたら、お店の人が「中に入って作っているところを見てもいいよ」と厨房に招き入れてくれたり

「トイレに行きたい」と我慢している人がいたら、バスの運転手さんは少しでも早くトイレがある場所に着けるように、人が変わったような猛スピードで運転し始めたり(笑)


他にも、気を利かせて写真を撮ってくれたり、

雨が降っていたら傘を貸してくれたり、

 

とにかく本当ーーーに気が利く。

(口先じゃなくて常に人のことを考えて生きてると、人間ってこうなるんだな。サービス精神と優しさの塊。ブータン人が海外に行ったらさぞモテるだろう。)

 

「とはいえ、子ども同士だと学校でいじめとかもあるのかな?」と、現地のガイドさんに聞いてみたところ、いわゆるいじめ的なものはないそうです。

子ども同士の喧嘩はあるけれど、特定の一人に対してしつこく何かをする、ということがない。人に対してのしつこさがない、のだそうです。

 

そもそも、ブータン人の頭の中に「人に悪いことをされる」という前提がない。 基本性善説で生きてる(ガイドさんは、「詐欺が入ってきたらみんな騙されると思う」と言っていましたが、確かにそうだろうなと感じる純粋さだったw

 

勉強や運動など出来ないことがあっても、バカにされたり否定されたりしない。(進級試験に落ちると落第はするけど、それに対してダメだとかバカにするとかはないそうです)

 

今回案内してくれたガイドさんは、ブータン人と結婚してブータンに移住した日本人女性でしたが、「何かが出来なくても、いるだけで尊重されて大事にされる、この国のカルチャーが本当に心地良い」と話していました。

これは、すごくわかる。

ブータンの人たちから感じる穏やかさも、心根の優しさも、動物たちから感じる穏やかな安心感も、人のニーズにすぐに気付ける感性も、確かに「そこにいていいんだ」って思わせてくれる安心感と優しさに包まれていました。

今回は、4日間の短い時間だったし、私もブータンのことをすべて知ってる訳では全然ない。むしろ、ほんのちょっと入り口を見せてもらったくらいで、実際はいろんな問題や課題もあるのだろうと思う。

でも、まさに「平和」を感じさせる独特の空気感があって、それは本当に素敵だなあと思いました。

文章ではなかなか伝わらないけど、これはぜひ、一度体験してみて欲しいです。

 

とにかく人との垣根・境界線がない!


次に衝撃を受けたのは、ブータンでは、とにかく人との垣根・境界線がないことです。

例えば、

ブータンには名字がありません。あるのは名前だけ

だから、「◯◯さん家」とか、「自分の家・よその家」という概念がありません

 

さらに、「自分の家に常に誰かよその人が住んでいる」のが当たり前だそうです。

ガイドさんの話を聞いて驚きましたが、「他の都市から訪ねてきてる親戚とか、知り合いの子どもとか、とにかく常によその家の人が自分の家に住んでいるのが普通」なんだとか。

「だから日本に帰国してお土産を買って帰る時は、『今家に誰がいるの?』って確認しないと、今家に誰がいるのかわからないんですよ〜」って。

なるほど(笑)

 

自分の家だけど、常に他の人が住んでる。逆に、他人の家に自分が住んでいてもいい。

それが普通なので、ブータン人はみんなどこにでも住めるし、住むところがなくなっても、「他の人の家に住まわせて貰えばいいよね」と思っていて、貯金がなくても不安にならないのだそうです。

 

さらに、家を建てるときも「みんなで建てる」のが基本。

最近は、業者に依頼して家を建てることもあるそうですが、地方の村だと、「家を建てる」ってなったら、村の人たちが「今年はみんなで◯◯さんの家を建てよう!」と集まってきて、みんなで歌を歌いながら木を組んで、土を踏み固めて村の人の家を建てる、というのが当たり前だったそうです。

自分も他の人の家を建てるのを手伝ってあげるし、自分が家を建てる時はみんなが集まってきて手伝ってくれる。

 

車がなくても、道を歩いていると、車で通りかかった知り合いが「どこいくの?乗せていこうか?」と声をかけて乗せて行ってくれる。

子育ても「みんなで」やる。自分が用事で家をあけないといけない時は、子どもの面倒は誰かが見てくれる。

農村に住んでいる人は、親戚みんなに農作物を分けてあげて、その代わり、子どもの学校の制服を買うためにお金が必要な時は、勤めに出ている親戚に代わりに買ってもらう。

 

驚くほど自分と他人との境界線がなくて、常にお互い自然に助け合って共生している。

だからこそ自分のことばかり考えるのではなく、他のみんなのことを考える文化が、こんなにも自然に根付いているんだなあと。

日本も昔はこんな感じだったのかな。

 

東京から移住してきた日本人ガイドさんが、

ブータンは人口は少ないけど、まわりが頼れる人だらけ。東京は人があんなに大勢いるのに、頼れる人は少ない。だからあらゆるサービスを受けるのにお金がいる。頼れる人がいれば、貯金ゼロでも幸せに生きていける。

と言ってて、確かになあ。と思いました。

 

まずは自立が大前提だけど、いざという時にお互い助け合える、良質な人間関係は大切にしたいです。

 

ブータンの人は、とても自然に「今」を生きている。

貯金がなくても将来の不安がない。

学校の教育も病院の医療費も無料で、食べ物には困らない。

住む家もいくらでもある。頼れる人が大勢いる。

 

将来が不安だから貯金しなきゃとか、老後のお金貯めなきゃとか、先が困るっていう概念がない。

何者かにならなきゃ受け入れてもらえない、とも思っていない。

(最近の子供たちはインターネットで情報が入ってきて、SNSも人気なので、欲望が生まれて将来の不安を感じるようになってきていることが問題視されてるそうです。)

 

物質的には圧倒的に豊かだけど、人と人との関係が分断されている日本と、物質的には貧しいけど、社会と一体となって調和して生きてるブータン。

すごく対照的で、でも心根の優しさはすごく似ていて、考えさせられることだらけでした。


「仮に一文なしになっても生活保護などのセーフティーネットがある、死ぬことはない」という点では日本も一緒。でも、「身近に頼れる人がいるか」「社会の一員として受け入れられている実感があるか」という要素は、人の幸福度に大きく影響するんだろうな、と感じました。

欲望は、進化の源であり原動力

チベット仏教では、なくした方が良いと言われているものが3つあるそうです。

欲望・嫉妬・無知

なのでブータンでは、「欲望」は基本的に否定すべきものと考えられています。

でも、私は個人的には「欲望」は肯定派です。(嫉妬と無知はなくした方が良いと思うけど)

欲望は人間の原動力だし、進化の源でもある。

仏教が作られた当時(紀元前6世紀)は、多くの人々は生まれながら身分や人生が決められていたし、「欲望」を持っても叶えることが社会の構造的に難しかった。

(例えば、庶民が「農民やめて起業してお金持ちになる!」とか「俺が王様になってこの国をもっと良くする!」なんて野望を持っても現実的に実現不可能。仮に「欲望」を肯定する宗教があったとしても、当時の為政者に潰されて残らないだろう。)

でも、今はインターネットがあるから、資本力のない庶民でもパソコン1つで起業して、やりたいことができる。日本は「自分が欲しいものを自分の力で手に入れられる環境」としては世界の中でもトップクラスに恵まれていると思う。

前回訪問したウガンダで感じたけど、同じ時代に生きているのに、生まれた場所が違うだけで、日本とは比べ物にならない大変な環境で生きている人たちも大勢いる。

学校に行けない。清潔な水がない。怪我や病気になっても病院に行けない。温かいベッドで眠ったことがない。村が襲われて家族が殺されたり、自分が兵士として拉致されて家族を殺さなければいけない状況に追いやられたり。。(詳しくはウガンダの記事見て下さい

一方で日本では、安くて美味しいご飯もたくさんあるし、水道をひねれば24時間清潔な水が使える。夜は温かいベッドで眠れるし、学校にも行ける。パソコン1台あれば、自分で事業を起こして収入を得ることもできる。そのために必要な情報は、調べさえすればいくらでもアクセスできる。

ないものだらけのウガンダの人たちの方が、すごく明るくパワフルに生きていて、逆に、なんでこんなに恵まれた環境にいる日本人が、「将来の不安」とか、「自分にはできないかも」とか、ネガティブになって悩んでいるんだろう?って(しかも、大してやってないのに笑)

せっかく日本の恵まれた環境に生まれたんだから、自分の欲求に素直に、欲しいものを手に入れるためにとことん行動する人生も、私は面白いよねと思ってます。

(ここでは詳細割愛しますが、私は、「毎日満員電車に乗りたくない!」「もっと自分のために時間使いたい!」「好きな時に海外旅行に行ける生活にしたい!」という欲望に従って行動した結果、今のビジネスに出会い、結果「最高だな〜」と思える人生を送れているので、「欲望」は人生を飛躍させてくれるとも思ってます。詳しい話は漫画参照して下さい

 

ブータンの人は、確かにあまり欲がない。

毎日同じ唐辛子とチーズの料理を食べていても幸せだと思えている。欲がなければ、「それが手に入らないかも」って悩む必要もない。

それはそれで1つの幸せの形だけど、欲望まみれの私としては、「やりたいことは全部やる、欲しいものは全部手に入れる。そのために頑張る」人生の方が幸福度高いんだよね。

 

ただ、ブータンの人たちから感じた「与えられているものに感謝し、他の人の幸せを当たり前のように願える豊かなマインド」は、本当に素敵だなと思ったし、私も真似していきたいです。

大事な人たちを守れる力はつけたいし、いざというときは頼ったり助け合える豊かな人間関係も築いていきたい。すべては変化していくから、それを受け入れて執着しない強い心を持っていたい。

そんな感謝と心の豊かさは持ちつつ、自分の欲求に素直に挑戦できる人生が理想だな、と思いました。

これからも「まわりの人の幸せを願い貢献する」マインドは持ちながら、自分の欲求に素直に面白い経験をたくさんしていきたいし、これを読んでくれた人にとっても、何か気付きや良いきっかけになったら良いなと思っています。

ということで、幸せの国ブータンの訪問レポートでした。

現地で訪問した学校や寺院の話は、写真と一緒に詳細版で紹介していこうと思います(そちらも完成したらまたシェアします)

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